とにかく痛い!!おっぱいに殺されると思った乳腺炎体験談

この記事を読みに来てくださった方は、まさに今おっぱいの痛みに悶え苦しんでいることでしょう。本当に本当につらいと思います。私も陣痛よりも痛くてつらくて、2人目を考えられなくなるくらいトラウマになった乳腺炎の経験者です。ピーク時には「私ってこの岩のおっぱいのまま死んじゃうのかな」とさえ思いました。

そんな私の乳腺炎の体験談で、「そーそーまさに今こんな感じの痛さ!つらいんだぜ私たち!!産んだあとも頑張ってるんだぜ私たちは( ;∀;)」と同士がいることを感じてもらい、乳腺炎と闘っているママ達の痛み分けの場となれたらと思います。

繰り返す乳腺炎によって私がたどり着いた、本気で試してみてもらいたい乳腺炎の対処方法もぜひみなさんにシェアさせてください!対処法のみ早く知りたいという方はこちらへ飛んでください。。

産後すぐ1回目の乳腺炎

私が初めて乳腺炎になったのは、産後すぐまだ入院中のことです。
母乳がよく作られる体質でしたが、乳腺開通が追い付かず、産後2日目に放出できていない母乳のせいで、おっぱいが岩のようにガチガチになりました。乳腺炎はおっぱいの痛さに加え熱が出るのも特徴で、38度ほどの熱が出ました。おっぱいは、服が擦れるだけで激痛。腕を動かすだけで激痛。横になっているのですらつらかったです。痛さを表現するなら、ジンジンジン でしょうか。刺激があると ジーーーーーン といった感じです。

産後2日目、3日目には母乳がたくさん作らて、同じくおっぱいが張って痛くなる方はたくさんいます。そのため助産師さんたちも、はじめ私が訴えるおっぱいの痛みも「産後、母乳が出るようになる順調なステップ」として通るべき正常範囲のおっぱいの痛さとして捉えているようでした。

なので、私は「お産って本当に大変だったんだなー。産み終わりが痛さからの解放ではなかったのか」と隣の部屋のママも、その隣の部屋のママも世の中のすべてのママがこの同じ苦しみを経験しているのだと思っていました。そして、助産師さんのあとで痛みが楽になるおっぱいマッサージしにいきますね」という言葉と落ち着いた言い方から「おっぱいマッサージというものをしてもらえたら、この痛みとは、あっさりおさらばできるのだな」と勝手に安心しきっていました。

おっぱいマッサージは、乳腺から母乳を出やすくするためのマッサージのことです。マッサージにより母乳を放出させやすい状態にし、授乳あるいは搾乳することで痛みを緩和させることができます。(※おっぱいが痛む原因は母乳の詰まりが原因です)

私の産後のおっぱいの状態が普通ではないことに気付いたのは、助産師さんが例のおっぱいマッサージをしにきてくれた時です。マッサージは、母乳を絞る前に、固くなったおっぱいをぐるぐる回して解すところから始まるのですが、私のおっぱいは、まったく動かない。ジャンプしたって揺れない。マッサージしようにも指が圧に跳ね返えされて内側まで入って行かない。困り切った助産師さんはお仲間を呼び、2人体制で対応してもらいました。

一生懸命やってくださっている助産師さんには申し訳ないのですが、この母乳が詰まった状態でのおっぱいマッサージって、マジで拷問か!と思えてしまいます。胸に触れられるたびに、背中がのけぞるような痛さが走り、痛みとともにものすごくイラっとしてしまいますw神経にくる痛さというのでしょうか、、、とにかくぶちキレそうになる痛さなんですw

痛い。痛い。痛い。
涙がポロポロでました。

じんじんじんじん、ちくちくちく、いらー---!!

私のおっぱいは、1時間後なんとか乳腺が通り圧を抜くこと(溜まった母乳を外にだすこと)ができました。そのあとは脇の下と鎖骨の下あたりをアイシングして母乳の生成を抑えてもらいました。(母乳は刺激や体が温まると作られる)

産後一日目は、出産の喜びと達成感で幸せに満ちていたのですが、二日目、三日目は乳イタにもがき苦しみボロボロ泣き続けて終わりました。その後、母乳がたくさん作られ始めるスタートダッシュ時の勢いも収まったので、退院日(産後6日目)には、乳腺の通りもよく母乳の生産過多も調整され柔らかいおっぱいになっていました!

子どもが6カ月~1歳までの間に繰り返した乳腺炎

産後すぐに乳腺炎になってから半年は大事に至ることはありませんでした。しかし、授乳の感覚があくとすぐにおっぱいがパンパンになって痛くなりました。2時間を超える外出はおっぱい的にとてもとても苦しかったです。(乳腺炎になり始めの時のジンジンとした痛さです💦)それでもその都度、授乳するとパンパンだった胸はしぼんで痛みから解放されることができていました。

ところが、息子が6カ月頃に、乳首の乳腺の出口?に白い点(白斑)ができてしまいました。はじめこれが何なのかわからず特に気にすることなく過ごしていたのですが、これは、乳腺の出口に母乳が固まってがされた状態だったんですね。白斑は一旦出来てしまうとすごく手ごわくて、息子に吸ってもらっても自分の手でおっぱいマッサージをしても取ることができず、次第に栓がされてしまった乳腺に母乳が溜まっていき、しこりができてしまいました。そして、そうこうしている間におっぱい全体がまたカチカチになってしまいました。もちろん、38度前後の高熱も出ました。

この、感覚、懐かしい( ;∀;)

夫が仕事から帰ってくるまで、赤子となんとかやり過ごし(おっぱいが痛くて抱っこなんてできる状態ではないので、子どもが危なくないように一緒にベビーサークルの中で横たわり息をしていただけとも言う)、夜病院に行きました。

この時、実は私は海外にいました。私が行った海外のインターナショナル病院の産婦人科は、日本のような助産師さんによる「おっぱいマッサージ」の治療がなかったため、理学療法士さんのところに回されました。

ここからは、痛みのあまり口調がだんだんと悪くなることをお許しくださいw

先ほど、「回された」と言いましたが、理学療法士の先生にたどり着くまでに12時間かかりました!

夜病院についた時に、診てくれた先生が「私たちでは無理なので、理学療法士の先生が来るまで我慢してね」と。

待ってましたよ。朝まで。おりこうさんに。それが、来ないのよ。
「緊急なので、早く来てもらうように頼んだからね!5時には来てくれるって」と。

なんて優しい病院&先生だと心強く思っていました。しかし、6時になっても7時になっても先生は現れません。もう一度病院スタッフに尋ねると、「先生に電話しているんだけど、繋がらないのよ」と。

私がいたこの国では、時間のルーズさや、軽い発言はあるあるなんです。「あー終わったな。死ぬかもな」とここで初めて思いました。おっぱいから始まった痛みは、全身の痛みとなっていて、鎮痛薬も効かない状態でした。

9時です。こねーー。他の先生が心配して様子を見に来てくれます。

「先生と連絡が取れてあと30分で来るからね!」と励まされます。

はい、来やしねー。10時、一般診療の時間が開始。どんな医者か知らんが、一般業務にすら遅刻してますがな。もう来たところで、こんな医者に助けてもらえる臨みなし。
絶望にあけくれていると、ついに理学療法士の先生が現れました。

先生は、腕っぷしの良いジャイ〇ンのお母さんのような方で、私の岩と化したおっぱいを見て、現地の言葉で「まじかよ」「見たことないわこんなの!」的な言葉を発し(現地の言葉は聞き取れないので真相はわかりませんが、雰囲気そんなこと言ってそうだったw)、素手ではまったく歯が立たないおっぱいを前に「ノーチョイス!」(←ここは私向けに英語で)と次は私に向けて発し、リンパマッサージで使う鉄の棒で私のおっぱいをぐりぐりマッサージし始めました。

これまた、拷問。まさに拷問。

(この仕打ちで何を白状したらいいのよ?「来るのおせーんだわ」と思ってました、ごめんなさい。とか「母乳詰まるかもしれないと思いつつラーメンと唐揚げ食べてしまいました」とか?w)

ジンジン、ズキンズキン、剣山で輪ゴムグルグル巻きにされたおっぱいを刺されているような痛さです。

もう体力気力と力尽きていたはずなのに、ゴリゴリマッサージの刺激による痛みでベッドから飛び起きてしまいます。それをおばちゃんの素晴らしい腕っぷしでねじ伏せられます。そして、

切開したくなかったら、我慢しなさい!ノーチョイス!」と再び言われました。

もうとっくの昔に「どうにでもなれ」という諦めがついてますよ。なんて心で思いながら、ゴリゴリを耐えていたのですが、これまた面白いことに、私の治療には時間がかかるということで、「患者が途切れたタイミングでまた来るから」と言われ、上半身裸で簡易ベッドに乗せられたまま、診察室から薬品の在庫置き場へ運ばれ、しばらく放置されることになりました。

自由な国だな~。もう私も自由にやってしまおう。。

放置されている間、さきほどのゴリゴリマッサージのおかげか、乳首から母乳がポタポタ出始めていました。

このタイミングで絞ってしまいたい。・・・えい!絞っしゃえ!

そう思って、ティッシュもタオルも無い中、上向きのまま自分で母乳放出開始w
始めは、勢いが弱かったものの、痛みに耐えながら揉みまくっていたら、搾乳の手を止めても、両乳から噴水のように母乳が舞いました。

爽快!!おっぱいの圧が抜けていくと同時に痛みもどんどん緩和されていきます!!

シャーシャーといろんな方向に弧を描いて飛んだ母乳の噴水は15分くらい続いたと思います。その後も自分でマッサージを続け岩のようなおっぱいが半分解れたくらいのタイミングで、理学療法士の先生が戻って来てくれました。

母乳飛ばしについて、露骨に嫌な顔をされましたが、続きのグリグリをしてくれてだいぶ解れたのがわかりました!

先生にお礼を言い、(もうすべて許そうw)帰宅。まだ母乳を放出させたくてうずうずしていたので、さっそく開始。バスタオルがびしょびしょになるくらいの母乳が絞れました。

日本では、私レベルの乳腺炎になると「切開」することが多いようですね。鉄の棒で乳腺炎で痛むおっぱいを力任せにグリグリ&途中放置プレイという新手の(荒手w)治療は、結果オーライで本当によかったです。

その後はというと、これほど悪化することはありませんでしたが、息子が1歳を過ぎるまでちょくちょく乳腺が詰まりました。そんな時は、夜な夜なワンワン泣きながらおっぱいマッサージをしてやり過ごしました。

最後の難関は、卒乳時!

再び、おっぱいのハリやしこり、白斑による詰まりといった乳腺炎の激痛に苦しんだのは、卒乳の時期です。1歳半で卒乳しようと試みましたが、飲んでもらえないおっぱいの痛さに耐えられず何度も断念してしまいました。

そんな時、知り合いから運よく私が住んでいる近場で「おっぱいマッサージ」を専門にやられている助産師さんのサロンを教えてもらいました。

そこで、子どもに飲ませない分の母乳を絞ってもらって、段階的に搾乳の間隔をあけ、1か月かけて卒乳後の母乳の処理をしてもらいました。ここに出会えてなかったら、ずっと卒乳できないままだったかもしれないと今でも思います💦

みなさんも、卒乳時期の乳腺炎が心配な方は、卒乳を試みる前にお産した病院か「母乳外来」、「乳腺炎 おっぱいマッサージ」、「おっぱいマッサージ 助産師」などで検索して、プロのアドバイスをもらったり、おっぱいの駆け込み寺を確保したりといった、おっぱいに優しい環境を整えてから段階的に進めることをおすすめします。
ちなみに、「乳腺外来」はガン検診専門で、乳腺炎でできたシコリの切開といったオペ対応はしてくれますが、マッサージをして乳腺を開通させるといった処置はしていないと言われました。

その他、乳腺炎にならないための対策、なってしまってからの対処法などについては、下記の記事にまとめました。身をもって習得した知識やさまざまな技をお伝えいたします。1人目で得た知識により、2人目の時は乳腺炎にならずにすみました!

ぜひ、参考にしてください!

1人目の時から知っておきたかった乳腺炎対策のアイテム

30個入りなので、一日1回卒乳予定の2週間前から飲み始めて、卒乳後2週間まで飲んで、徐々に母乳量を減らしていくといいかもです。

1人目の時は、このハーブティーの存在を知らず。2人目の時は、産後すぐから半年ほど飲み続けました。

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